ワカツクについて

創業の経緯・社会的背景

東日本大震災からの復興を目指し、若者たち(私自身も)は「問題解決」のための挑戦をはじめています。彼らを支援し、復興を加速させると共に、この東北を、若者が成長できる土地に変えていきたい。

この想いを実現するため、学生時代に立ち上げた企業を整理し、ワカツクを立ち上げ、走り始めました。

設立にご尽力いただいた、せんだい・みやぎNPOセンターの加藤哲夫さんからもらった「被災地では、これから課題が見えなくなってくる。本当の課題を見つけられる若者をどうやって育てられるかが鍵だ」との言葉は、私たちの活動の大切な原点となっています。

設立以来の主な活動実績

ワカツクの母体となった法人は、宮城県の大学生の就活やインターンシップのコーディネートを行ってきた株式会社デュナミスです。

東日本大震災後、若者のキャリア形成を支援し、インターンシップやボランティアのコーディネートに特化するため2011年7月に県内のNPOと大学教授とともにワカツクを設立いたしました。

2011~2012年度の活動実績
ボランティア・インターンシップのマッチング 約600名のボランティアをマッチング
マッチングイベント「東北復興プロジェクトフェアの開催」 全5回開催。のべボランティア団体・復興支援団体55団体、参加者約550名参加。
東北大学共同でボランティア講座の実施 全8回開催。約320名参加。
東北学院大学災害ボランティアステーション、河北新報社とボランティア団体を取材し、WEB上で記事を掲載する情報ボランティアの運営 これまでに30名以上のボランティアが参加。700本以上の記事を公開
学生団体・大学生サークルへの研修会を実施 40団体以上、延べ180名以上の参加者が参加
震災復興プロジェクトのポータルサイト「東北1000プロジェクト」の運営 200以上のプロジェクトを掲載

代表メッセージ・理念

世界を変える若者を創る

「自分みたいな素人でも役に立てるんですか?」
2011年5月、被災地への学生ボランティアを募るために、仙台市内の大学を行脚していた時、何度も学生から聞かれました。

現地に行って、寄り添って、にこにこして、話をする。それだけでも避難所の雰囲気が変わった。熱気。学生が思いつきでやったプロジェクトが喜ばれる。学生がやるなら手伝おうかというムードがある。そして、貢献が求められている場が山とある。「いま、ここでは、できる」。

南北500kmのエリアから何もなくなってしまった。町は流され、産業をもう一度つくらないといけない。あちこちで、みんなであつまり、この町をどうするか考え、動き始めた。

あの震災の後、自分たちの存在意義を見いだし、活動を続けている若者、そして、これからの生き方を考えはじめた若者とたくさん出会った。私たちは、その若者に機会を与えることや支援することを通じて、彼らのまなざしを高め、この地を復興する担い手になって欲しいと想い、日々活動しています。

こんなことを言う私は、もともと「いじめられっ子」。小学校時代、朝がこなければいいのに、とずっと現実逃避をしていたことを憶えています。

そんな9歳の時にテレビで二つの映像を見ました。チャンネルを回すと、片方ではアフリカの貧しい子どもたちが、もう一方ではアメリカの裕福な家庭でのクリスマスが映っていた。アフリカの子たちはご飯も満足に食べられない。お父さんもお母さんもいない。彼らのまわりにはハエがたかっている。目にのぞみがない。泣く力すら残っていない。まばたきすらできない。

もう一方のアメリカの子たち。楽しそうににこにこしている。何も疑うことなく生きていける。ふと、いじめる側の子たちを連想してしまった。

そこから「泣く子の多い世の中じゃなくて、笑っている子が多いといいな」と思い始めた。いじめる側の子たちも、いじめられる側の子たちも、金持ちでも、金がなくても。みんな幸せになれば。

9歳でたててしまった夢「世界中の子どもたちを笑わせたい」。9歳の私がこの夢を叶えるために選んだ職業は「アメリカ大統領」。日本人ではなれないのに。

中学でいじめはなくなり、その後は日々が楽しくなった。夢は薄ぼんやりとは持っていたけどそのための活動はせず、何となく、大学に行くかなと。そんな気持ちだから、受験失敗。一浪し、新設の宮城大学へ。

宮城大学は私達が初めての学生。先輩がいないので、サークル活動をしたければ、自分たち自身でサークルをつくるところから。そして、サークルをつくって、大学事務局に部室を貸してくれと訪ねたら「前例がない」と断られる。そんな時に、当時の野田一夫学長が「自分たちで問題解決してみなさい。それが高等教育を受ける者の義務だ」と。そこで、みんなでサークル活動のルールを決め、部室が借りられるようなった。その後、大学祭、学生会の立ち上げ・・・。それらの活動がデュナミスという活動につながりました。

起業後、あらためて自分の夢「世界中の子どもたちを笑わせたい」と向き合い、その夢を実現するために、世界を変える人材を数多く生み出す仕組みを創る、と決意。その仕組みの一つとして、課題解決の現場に若者が挑む、インターンシップ事業を開始。若者自身が、外に対して何かをやることが、結果として彼らの満足や成長につながる。年間数十人もの学生が新しい挑戦を始めて、自分で何かやろうとする、当事者へと成長していきました。

そして、この震災。

まだまだ、復興の入り口に立っただけですが、若者たち(私自身も)は「問題解決」のための挑戦をはじめています。その挑戦を支援して、復興を加速させると共に、この東北を、若者が成長できる土地に変えていきたい。この想いを実現するため、デュナミスの代表を辞め、新しい団体「一般社団法人ワカツク」をつくって走り始めました。

設立にご尽力いただいた、せんだい・みやぎNPOセンターの加藤哲夫さんからもらった「被災地では、これから課題が見えなくなってくる。本当の課題を見つけられる若者をどうやって育てられるかが鍵だ」との言葉は、私たちの活動の大切な原点となっています。

これまで培ってきた若者人材育成の手法をより洗練させ、先行する社会的課題に取り組むリーダーの元で、次の課題を見出す若者を育てる。この春に10人のリーダーの元での挑戦から始まり、数年以内に数多くのリーダーの元で、数多くの若者たちが挑戦をしている東北を創る。

そして、このマイナスからのスタートである復興の現場で、もがききった若者たちの中から、世界を変えていく人材が生まれてくる。

私の夢である世界中の子どもたちが笑っている世界を、その若者たち、そして、それを支援した大人たちとともに、創っていきます。

私たちの活動はまだ始まったばかりですが、みなさんのお力をお貸しいただければ、とても嬉しいです。

kazuma一般社団法人ワカツク 代表理事 渡辺一馬

1997年、新設の宮城大学へ第一期生として入学。在学中に学生ベンチャーサークル・デュナミスへ参画。2001年、卒業と同時にデュナミスを会社法人化し、代表に就任。「世界を変える人材を数多く生み出す仕組みを創る」ことを目的として、インターンシップ事業を開始した。震災後、一般社団法人ワカツクを立ち上げ、ボランティアやインターンのコーディネート事業を展開。これまで培った人材育成の手法をより洗練させ、若者たちの「問題解決」への挑戦を支援、「若者が成長できる東北」を目指している。NPO法人ファイブブリッジ監事、NPO法人せんだい・みやぎNPOセンター理事、東北ソーシャルビジネス推進協議会理事、等。

 

団体概要

設立 2011年7月12日
代表者名 渡辺一馬
スタッフ 17名(常勤12名、非常勤5名) ※2015年6月現在
業種 人材育成、組織開発、法人コンサルティング
設立目的 東北地域において、若者・大学・地域社会と共に、若者が一歩を踏み出す場を提供し、地域を担う人材が挑戦を続けるための生態系の構築に寄与する。
ミッション 若者と地域をつなげる伴走者として、若者が地域の現場に入り成長し、社会での新しい価値創造(イノベーション)を起こす場をつくる。
事業内容 (1)若者の育成を目的としたインターシップ等、若者と地域をつなぐコーディネート(2)地域社会の課題解決を目指した若者主体のプロジェクトの支援(3)地域社会の課題解決の為の産業・行政・大学・市民の連携の促進(4)上記の情報発信支援(5)その他当法人の目的を達成するために必要な事業
所在地 宮城県仙台市青葉区北目町4番7号 HSGビル内
連絡先 TEL:022-721-6180FAX:022-721-6181Mail:info@wakatsuku.jp
収支報告 年度毎にCANPANのサイトに掲載しております。
http://fields.canpan.info/organization/detail/1215933134#finances